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福島家庭裁判所 平成元年(家)557号 審判 1989年9月12日

主文

本件申立てを却下する。

理由

1  申立ての要旨

申立人は、昭和48年ころから約2年間ほど家計の都合で飲食店の店員として働いた際、同店では「幸子」の名を使用したため、そのころから一般からも「幸子」の名で呼ばれるようになり、「幸子」の名を通称として永年使用してきた。

よって、申立人の名「トリ」を「幸子」と変更することを許可する旨の審判を求める。

2  当裁判所の認定した事実

審理の結果によると、次の事実が認められる。

(1)  申立人は、昭和5年2月16日、父田畑徹、母タエの三女として出生したが、2人の姉がいずれも病弱であったため、動物の名をつけると丈夫に育つとの祖母の意見で「トリ」と命名された。しかし、申立人は、子供のころから「トリ」の名を嫌い、その命名者の祖母に恨みをいだいており、現在も「トリ」の名に強い嫌悪感を持っている。

(2)  申立人は、昭和27年6月18日、中根勝と婚姻し夫婦となったが、結婚前の交際期間中であった昭和25年ころ、申立人の健康が勝れなかったため、勝の母親が東京都赤羽のいわゆる「おがみや」を訪ねて拝んでもらったところ、「トリ」の名のままでは頭が悪くなるか、家を焼失することになるので、「幸子」と改名したほうが良い旨言われ、その後「幸子」の名を使用するようになった。

(3)  申立人は、経済上の理由から昼も夜も働いており、地域住民との交渉も広くなく、「幸子」の名を使用しているのは主として勤務先である飲食店や金融機関の預金通帳の名義などに限られている。

3  当裁判所の判断

以上認定の事実によれば、申立人が「幸子」の名を使用するようになった動機は、幼少時から現在まで、動物の名である「トリ」の名に嫌悪を感じ、その思いを年ごとに募らせていたところ、結婚するに際して戸籍上の名では健康状態も良くならず、他に災害も蒙るので「幸子」と改名するのがよいとの姓名判断に基くものであり、改名したい理由の主たるものは、戸籍名「トリ」が嫌いでならないという申立人の主観的な好悪の感情にもとずくものであると認められ、他に特段の事由は認められない。

しかし、戸籍名が嫌いだからという単なる主観的理由や「おがみや」とか姓名判断の結果という迷信的理由は戸籍法107条の2の改名の正当事由に当らないばかりでなく、申立人の社会的活動の範囲も限られ、その使用範囲も狭いものと認められ、戸籍名「トリ」を使用することにより生活上著しい不便不都合が生ずるものとは考えられず、申立人が勤務先の飲食店等で主として使用している「幸子」の名でなければ申立人の社会生活全般において支障が生じるほどまでに熟しているとは認められず、いずれにしても改名の正当事由に該当しないといわなければならない。

よって、本件申立てを却下することとし、主文のとおり審判する。

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